「ん~、知らない人は今まで損してたってこと?」 はい、今まで普通に利用していた人は損してます。   …

蒸気機関車の歴史

1鈴木2009-06-22 12:07:41

“蒸気機関車を熱く語り尽くす”スレが久しく中断してるので、ちょっと補完の意味もあります。

広い視野でよろしく。

参考 : 2008年まで長寿を誇った

“蒸気機関車について熱く語ろうスレ”と”蒸気機関車を熱く語り尽くす”スレ

http://www9.plala.or.jp/Hatsukari/ の中の↓

年表

1804年、Richard Trevithickは車両そのものににエンジンを搭載して自走する車両(機関車)を試走。

高い圧力を使う蒸気エンジン、非復水式、排気利用の缶通風、等を確立した。

1829年、Stephenson父子のロケット号は、高速長距離旅客交通の基を確立した。

それ以前のは、それ以前は構内をノロノロ走る運搬用機関車

1897年、GarbeとSchmidtにより、炎管式過熱機関車が作られ、過熱機関車時代になる。

1949年、米国Baldwin社、蒸気機関車製造を終了、通算約70,000台。

1970年代末?、中華人民共和国の蒸気機関車新製が終わり、世界的に交通機関としての用途が無くなる。

140鈴木2010-05-14 16:12:39

↑、ウィキペディアに拠れば中国の前進型の最終製造は1988年、と書かれてます(総数4708両)。

私は>>1で

「1970年代末?、中華人民共和国の蒸気機関車新製が終わり」

と書きましたが訂正します。

蒸気機関車は19世紀に由来のローテクなので

内燃エンジンや電気モーターが作れない環境なら、これはこれで十分使えるのです。

158名無しの車窓から2010-06-16 10:05:20

>>1

中華人民共和国の蒸気機関車新製が終わり…は1996年。

17鈴木2009-07-09 02:13:13

色の話では「ロシアンブルー」もよく解らないです。

19世紀末のロシアの製鉄技術が高く、そこで作られた「Russian bleu」なる青い色の薄鉄板が世界的に有名だった。

米国製の偽「ロシアンブルー」鉄板まであったらしい。

で米国の機関車の缶胴の外側に美観のためにかなり使われました。

無塗装、青色です。(無塗装で錆びないのだろうか?)

↑の1875年Baldwinのボイラー外板は製造時ロシアンブルーだったらしいのだが、現状は多分ペイント塗りと思われます。

時期的には日本が輸入したBaldwin機の一部に使われていた可能性もあるのですが。

1990年頃米国の機関車保存組織の以来で日本の製鉄会社が再現して作った(試料のような小片か?)話を聞いたこともあります。

18名無しの車窓から2009-07-09 05:34:18

>>17

鉄板表面の酸化皮膜、俗に言う「黒皮」ですかね。

SS400などは、確かにわずかに青みを帯びていますね。

S45CとかSM材などになると、赤みを帯びています。

20名無しの車窓から2009-07-10 01:30:13

>>18

銃砲の分野では銃身に化学処理を施すことをブルーイングと呼ぶそうです。

当初は化学処理によって青色になった事が由来だそうです。

もしかしたら関係があるのかもしれませんね。

21鈴木2009-07-11 00:16:33

>>20

落ち着いて考えれば、

銃身も

機関車のロッドも塗装してないですね

22鈴木2009-07-26 23:53:05

D57 Steam Locomotive Emu Plains

↑オーストラリア(New South Wales)の形式D57、4-8-0。メーカー不明。

グレスレー式3気筒のテコが非常に目立ちます。

23名無しの車窓から2009-07-27 07:33:50

>>22

メーカーは豪州のClyde Engineering

24鈴木2009-07-27 11:01:48

>>23

ありがとうございます。

車軸配列は4-8-2 でしたね。

69鈴木2010-01-05 00:55:03

Vintage photographs available as fine-art prints or digital stock images

C&Oタービン

110名無しの車窓から2010-03-24 11:00:18

>>69

カラー写真がありました

http://www.steamlocomotive.com/fairs/co500.jpg

AM05032

111鈴木2010-03-24 16:43:55

>>110

ありがとうございます。

C&Oタービンの内部写真がC&O歴史協会のサイトにあったはずだが見つからない状態です。

C&Oタービンの話ではありませんが、ご提示のフリッカーの中に

AM05036

↑があり、その中に

AM05012

↑がありました。日本が敗戦でヒーヒー言ってる1949年頃、米国の鉄道博覧会写真ですが、

UPとCP(後のSP)線路がつながって大陸横断鉄道が完成(ミシシッピー川鉄橋を省く)した時の再現ショーと思われます。

そして、歴史写真にはほとんど写っていないはずの支那人の労働者役が出演してます。

以下私の推測ですが、米国での対日感情が悪く、東アジアの正義国民として支那人役が出演してるんじゃないでしょうか。

勿論CPの建設に多くの支那人労働者がかかわったこと自体は歴史的事実です。

112名無しの車窓から2010-03-25 08:35:33

>>111

LOCOLOCOのページのこれかな?

http://www.dself.dsl.pipex.com/MUSEUM/LOCOLOCO/chesturb/chesboil1a.jpg

115鈴木2010-03-25 17:31:59

>>112

ご提示の写真は

↑の中に在るものと思われます。

この写真は運転室後壁を写したものですね。

C&Oタービンは国鉄C11がバック運転するような状況なので

159鈴木2010-06-16 10:17:43

>>158

ウィキペディアの前進は1988年最終製造と書いてあるので、

迂闊にも中華人民共和国の蒸気機関車は1988年最終製造と書いてしまいましたが、

「蒸気機関車新製が終わり…は1996年」

の出典のようなものはありますか?

162名無しの車窓から2010-06-21 22:35:22

すみません。補足です。上游型蒸気機関車は本線用ではありません。

支線用、入れ替え用です。と言っても1500馬力でD51くらいの力はあります。

低速なら貨車50両以上牽引することもできます。

満鉄ミカロ型にほとんどそっくりのコピー機が最近まで作られていたという事実に驚きました。

163鈴木2010-06-21 23:09:58

>>162

図体が大きく、先輪もあるので、本線用と思ってました。

174鈴木2010-09-16 00:20:19

http://commons.wikimedia.org/wiki/File:COLLECTIE_TROPENMUSEUM_Een_exprestrein_met_een_viercylinder-compound_locomotief_met_oververhitter_en_voedingsvoorwarmer_en_daarachter_een_tender_TMnr_10007612.jpg

インドネシアの1067mmゲージ、4気筒複式(オランダ製)

この機関車は戦後に至るまで長く活躍してた、と思います。

177名無しの車窓から2010-09-17 12:57:52

>>174

よく見つけましたね。

1920〜1922年に蘭Werkspoolで20両製作、動輪直径1600mmとのこと。

戦後の形式は奇しくもC53、ジャワ島アンバラワの鉄道博物館に展示してあるとか。

を読むと、独立前の最速記録はこの旧1000形ではなく

もっと古い700形(後のC50、現存せず)によってもたらされ、

この4気筒機は失敗とみなされ単式2気筒に改造された、

と読めるように思いますが、あっていますか?

178鈴木2010-09-17 15:08:17

>>177

>この4気筒機は失敗とみなされ単式2気筒に改造された、

>と読めるように思いますが、あっていますか?

長文英語を全部読んだわけではないのですが、

「In fact, the 1000 class (・i>duizendjes・ was considered a failure, and had the Depression not intervened, the class would have been rebuilt into 2-cylinder simples.」

仮に↑の箇所だとすると、文の後半は

「この形式は2気筒単式に改作されていたらなぁ(仮定法祈願文)」

じゃないでしょうか?(実際には改作されてない) 私の英語は凡庸ですが。

↑は現今の展示状態です。70年代まで使用と書いてありました。

179鈴木2010-09-17 15:38:25

>>178のURLは直前既出でした。失敗。

↑にインドネシアの4気筒図を出しておきました。

292名無しさん2011-06-27 00:00:35

1940年以降のバックナンバーが存在しないのはオーストリアが大戦に突入して編集者達が招集されたか雑誌作るにも印刷する紙が手に入らなくなったかの理由で雑誌そのものが休刊になったからだと思います。

294鈴木2011-06-27 02:44:37

>>292

ウーン、ミステリーですね。

オーストリアの大型図書館に行けば解るのかも知れません。

因みに1940年以降のオーストリアのめぼしい機関車は

1941年、2-12-2T、ラック粘着機、ウィーン機関車(Froridsdorfs)製

1947年、0-4-4-0T、擬似ハガンス機、クラウス製、ボスニア向け

1951年、ギーセル式長方形排気ブラスト開発

があったと思います。

316名無しの車窓から2011-08-11 11:26:17

ここで質問しても良いでしょうか?

国鉄の計画蒸気機関車KE50に関してのことなんですが。

322名無しの車窓から2011-08-13 11:36:30

>>316の質問は何なの?

323名無しの車窓から2011-08-13 16:31:49

多分これから入るレスを先取りしておくと

詳しくはキャンブックス「幻の国鉄車両」を嫁

325名無しの車窓から2011-08-16 16:21:26

KE50は実現したとして、足回りはどうせ史実のE10よろしく4110の劣化版だったろうし、

1250mm動輪は軸焼け頻発で現場からの声は「?」になると思われ

3263162011-08-17 20:03:29

遅くなりました。

>>322

>>323氏も紹介されている書籍の記事によると、KE50はD52とほぼ同じボイラーを用いた

より強力な機関車として企画されたようなのですが、しかし>>325氏のご指摘されたように

動輪直径がD52よりも小さくなっています。

しかしその一方、同じ記事の中で動輪直径が1250mmと表記されている箇所と

1400mmと表記されている箇所があります。

というわけで、3つの疑問が生じました。

質問1は

・1250mmと1400mm、どちらが正しいのか

質問2は

1250mmが正しいとした場合、D52やD51といった貨物用主力機関車との共通運用に差し支えるのではないか

質問3は

1400mmが正しいとした場合、D52とほぼ同じボイラーで成立するのか

というものです。

よろしくお願いします。

328名無しの車窓から2011-08-18 14:24:02

>>326

A1.

諸元表中の1400mmは誤りで本文中と形式図中の1250mmが正しいです

A2.

共通運用が前提なら当時の情況であえて異形式とする必要はありません

329名無しの車窓から2011-08-18 19:26:04

>>326

>>323本の筆者考察によるとKE50が現れなかった分史実のD52が無理をしたものと考えられるとのこと

>質問3

まともな重心設計をするなら煙管長6000mmになってC59戦前型のような駄目灌に

当然所期の目標を達成できず失敗に終わると思われ

330名無しの車窓から2011-08-19 17:00:17

>>328

A2の意味は,「共通運用なら,あえて異形式を生産する意義は無い」,という意味ですよね。

>>329

煙管は伸ばさず,燃焼室を1m位確保する方法なら行けるかも。ダメですか?

まあ,この時点でD52とは違うボイラになってしまいますが。

332名無しの車窓から2011-08-19 22:22:25

>>329

あのー、D52のボイラー(甲乙)は燃焼室1mなんですけど

331名無しの車窓から2011-08-19 20:16:41

>>330

KE50の缶は平たく言えばD52の缶より煙管が500mm長いだけのもの

もう1mも取ったらまた蒸発で熱を取られすぎて蒸気温度が上がらないとか

別の問題が発生すると思う

333名無しの車窓から2011-08-19 23:42:12

>>332

いちおー知ってて書き懇談ですけど・・・

1400mm動輪*5ならこれぐらいだろうとあてずっぽで

385鈴木2011-09-19 09:09:52

米国、ペンシー、4-4-4-4の動画。

圧巻は後半2/3あたりで、貨車を引いてくる4-4-4-4の前部台車がスリップする様子。

速度は45km/hあたりか?

この速さでのスリップは、油漬けにした弁駆動箱の油漏れじゃないか?とも思うけど、

判定は出来ない。

386名無しの車窓より2011-09-19 11:24:51

>>385

砂撒き管が見えないんですケド

>前部台車が

台車とは主台枠から独立した車軸保持部を指す

387鈴木2011-09-19 13:32:06

>>386訂正

×前部台車が

○前動力部が

砂撒き管が見えない理由は解りません。

409名無しの車窓から2011-10-12 00:16:47

旧ソ連ではドイツから接収したBR52の復水器のついた炭水車を使用した車両を走らせていたらしい。

410名無しの車窓から2011-10-12 15:31:11

>>409

それってもしかして、炭水車だけ使って残った機関車の部分はポイですかね?

413名無しの車窓から2011-10-15 02:19:06

>>410

コンデンシングロコは排気を復水する=大気に捨てない=ドラフトを起こせない

→仕方ないのでタービンを積んで通風起こす

よって単純にテンダ振り替えただけじゃ復水できまへん

415名無しの車窓から2011-10-15 04:10:47

>>413

するとサウンド的には珍しいけど面白みに欠けそうですね?

416名無しの車窓から2011-10-15 10:42:22

>>415

自分で確認するよろし

541名無しさん2012-10-04 15:56:20

ルーマニアの蒸気機関車のサイト

576鈴木2014-05-16 22:34:39

どこかの聞きかじりの記憶だから、間違ってると言われればそれまでだが、

戦時中の米国政府の生産統制で、

ボールドウィンとアルコは蒸気機関車中心(ライマもか?)、

EMDはディゼル機関車中心、と決められた。

それが戦後の蒸気→ディゼル転換時に、

ボールドウィンやアルコの没落につながった

一番劣勢なのがボールドウィンで、ライマと合併したが結局終焉、…..と。

間違ってたら失礼。

577鈴木2014-05-19 01:43:55

>>576 訂正

このK4sの動輪が本当にScullin Steel社製 通称スカリンディスクか多少の疑義が生じた。

穴が少な過ぎるから、間違いの可能性もある。

念の為間違いない

スカリンディスクの例の図はこれ↓

http://svc.2chan.net/dat/r/src/1400431210766.jpg

出典、Railway Gazette, 1934年、5月

S. Berliner, III's sbiii.com Railroad Continuation Page 1

のページの下の方に依れば、ボックスは鋳物なのに、スカリンは溶接、と説明してるようだ。

578鈴木2014-05-19 01:56:28

>>577は誤爆失礼

595名無しの遠吠え2014-08-11 00:44:31

鈴木さん、141A&141B&141CのPLMのミカド式3兄弟。

この3機種は重さの誤差や前伝熱面積と加熱面積の違いはあっても基本的な高圧&低圧シリンダーのサイズを筆頭に基本的な設計はほぼ同じ基準だったみたいですよ。

ただし、141Cのグループはもともと煙管長6メートル&青銅製の火室だったのが燃焼室の付いた鉄製の新しい火室&煙管長が5メートル半に短縮され、熱効率が良くなる様に改造された機種が141E、141Fに改番されていますね。

596鈴木2014-08-11 22:08:35

>>595

そうなんですか。私は詳しくないので。

http://svc.2chan.net/dat/r/src/1407762058963.jpg

汚い図だが、これですな。

1914年頃製PLM, 2-8-2, 4気筒。

煙管長さ、6m

内火室、銅製。

http://commons.wikimedia.org/wiki/Category:Steam_locomotives_of_the_Compagnie_des_chemins_de_fer_de_Paris_%C3%A0_Lyon_et_%C3%A0_la_M%C3%A9diterran%C3%A9e#mediaviewer/File:Hugh_llewelyn_141F.282_(5376101798).jpg

私は↑見て逆転ロッドが1本に見えたから、単式なんじゃなかろうか? と単純に思っただけです。

多分誤認でしょう。

625鈴木2014-11-15 08:46:16

Historical commentaries and available reprints of original photos.

ペンシルバニア鉄道、Seneca号。 Ross Winans 製。

「0-8-0」と書いてあるのは製造時0-8-0だが、撮影時は2-6-0に改造済みらしい。

外火室後部が角ばってるように見える。

下記の表

には

「#131 Seneca 4/1856 0-8-0 c 19 x 22 44 58,500 」

と書かれてる。

724鈴木2015-11-11 02:37:36

ソ連の3気筒4-6-0の中央気筒。

普通の独立弁3気筒ワルシャート弁だが、

やや複雑。

725鈴木2015-11-11 02:53:50

>>724 :鈴木:訂正

×ソ連の3気筒4-6-0の中央気筒。

〇ソ連の3気筒4-8-0の中央気筒。

因みに親ページは下記

754鈴木2015-12-28 20:49:36

南アフリカは、日鉄と同じ1897年に似た4-4-2をボールドウインから買ってます。

気筒は16in.×22in. (日鉄のは不明)

火床面積は30 sq. ft.  (日鉄のは不明)

動輪直径4ft. 8in. (日鉄と同じ)

固定軸距離12ft. (日鉄と同じ)

これ日鉄の常磐炭用4-4-2と同型の可能性がある。

これ以外でも1915年の南ア機関車を見ると大半が広火室ですね。

だからと言って南アが絶対低質炭とは断定できないが。

756名無しの車窓から2015-12-29 07:07:08

>>754

wikiで6600を見るとシリンダーの寸法も火格子面積も同じですね

すると9700の兄弟機もいるのかな?

757鈴木2015-12-29 08:20:26

>>756

>シリンダーの寸法も火格子面積も同じですね

そうですか。

https://lh3.googleusercontent.com/-vmPgKnPdGy0/VoHCmQiwFqI/AAAAAAAAKnk/2PhDiEM8cCc/s912-Ic42/3.jpg

写真が粗末だがこれね。

ミカドは探してるのですが、見つかりません。

1910年頃までは南アは大部分英国製機関車だったようです。

758名無しの車窓から2015-12-29 12:26:44

>>757

瓜二つのそっくりさですね。

すると従輪付機関車は、ボールドウィンから新製品の

売り込みがあったのをケープ鉄道と日本鉄道が買ったものかな?

759名無しの車窓から2015-12-29 21:11:01

>>757

wikiでは、日本鉄道向けのアトランティックと同型機を

ケープ鉄道に提案したと書いてあります

面白いなあ

760鈴木2015-12-29 21:49:29

>>759

これは初見です。ありがとうございます。

写真もきれいですね。

成績は良かったと書いてますが、

Baldwinに対するその後の注文はあまり無かったようですね。

795名無しの車窓から2016-01-29 23:30:56

日本で都市型蒸機といったら900だなぁ。

電化前の東京北郊ってマンハッタン高架鉄道のような

情景だったんだろうな。

798鈴木2016-02-01 23:40:22

>>795

https://lh3.googleusercontent.com/-h_9tnA03jlA/Vq9rzrcryyI/AAAAAAAAKp8/x7FXIyw700c/s800-Ic42/3.jpg

スケネクタディのこれですな。一応郊外用って書いてあるし。

台数26両。1898年製造。

799名無しの車窓から2016-03-13 13:41:49

ナイアガラがカッチョ良くて好きなのだけど動画に映った姿を見つけられない

寿命が短すぎて映画に映る暇もなかったか

800鈴木2016-03-13 23:21:48

>>799

蒸気機関車末期だから仕方なかったんでしょうか。

ライバルのペンシーのT1(4-4-4-4)も残された写真も、小荷物車や非優等客車の編成のようです。

ナイアガラのウイキを見ましたが、

中の表が興味深かった。

ナイアガラと、Diesel E7 6,000 bhp Three Unitの比較で、

Relative first cost,

in dollars per horsepowerが、

ナイアガラ100%に対して、Diesel E7が258%

とあり、この時点では製造費がディゼルは蒸気の2.5倍もした、と読めるかと思います。

メンテナンス費用では蒸気の方が高額とはいえ、まだまだディゼルは高価な機関車だったようです。

なお、ペンシーT1は全機完成と同時に、他社転売の模索が始まりました。

相手先はC&OとN&W。しかし転売は出来なかった。

801名無しの車窓から2016-03-14 17:03:46

>>800

たかだか25両ほどの注文しか貰えないで機関車メーカーはちゃんと儲かるのかな、とか思いますけど、よっぽど一両の値段が高かったのかな?

二十世紀初頭頃のボールドウィンは年間数千台規模の生産台数を誇っていたそうですけど、その頃の蒸機はだいぶ小さかったですし

805鈴木2016-03-15 21:13:12

>>801

資料探す暇がないが、実際最盛期のボールドウインは年間1000台くらい、

3台/日完成させてたと思う。

但し1930年だか1931年の不況期には年間5台くらいという年がありました。

831名無し野電車区2016-05-24 20:39:18

フランスの蒸気機関車のサイト

Caractéristiques des locomotives de 1900 à 1950 en France (47 ph)   Cliquez sur les photos    ...

844名無しの車窓から2016-07-03 15:11:53

プロイセンのクラスP10=BR39 2-8-2って実機動いていないのか。

2両しか残ってない見たいだし残念。

8618552016-07-18 18:16:47

>>859

動輪径、気筒内径×行程、缶圧、煙管長、缶中心高は鉄道院9600と同一ですし

動輪軸距も同一です

米式でこんなに動輪がまばらに付いてる釜は滅多に有りません

908名無しの車窓から2016-10-09 11:07:29

国鉄マンセーの人間は1D1軸配置が誇りなんだろうな。神国日本、皇国

の威を世界に広めたとか。

ところが当時のあちらのMIKADOのイメージはこんなもの。

頬を痙攣させるのは毛利敬親だけどね。

911鈴木2016-10-09 16:36:14

>>908

>神国日本、皇国の威を世界に広めたとか。

>ところが当時のあちらのMIKADOのイメージはこんなもの。

そうなんでしょう。

プッチーニの"蝶々夫人"の白人歌劇がキモノ着て畳の上を下駄履いて歩き回ってる例を聞いた事がある。

18c.だか19c.の白人芸術家が、写真機との競争に前途を悲観して、

極東の芸術だの、南洋の異国趣味だのに転戦したのが、西洋人の「お気楽」東洋趣味でしょ。

「ミヤサマ」や聖徳太子のファッションは、支那の物真似だから、支那人は、コーヒー吹くだろうし

日本人が北朝鮮首領様劇をやれば朝鮮人は、コーヒー吹くだろうし、

日本人が気取って、フランス料理の能書き垂れりゃ仏人は、コーヒー吹くだろうし、

日本人が、「NYのエリートビジネスマンは」とか能書き垂れりゃ米人は、コーヒー吹くだろうね。

それにしても、「ミヤサマ」の主演男優は、日本人にとっても白人にとっても好演技と思った。

米国には2-8-2はミカド以前にも少しあった。

ただBaldwinが、低品質炭地域用に大型火室とそれを支える1軸従輪のセットで世界的に売り出した時、

かっここいいネーミングとして「ミカド」を使ったのでしょ。

米国人からみてカッコ良ければ「ミヤサマ」でも「ゲェシャ」でも「スキヤキィ」でも同じ。

仮に日本でなく、

支那に売れば「タイクーン」?

インドに売れば「ムガール」?

中東に売れば「モハメッド」?

916名無しの車窓から2016-10-11 03:45:11

>>911

2-6-0 を何でモーガルっていうんでしょうね?

本当にインドに売ったんですか?

917鈴木2016-10-11 15:26:15

>>916

「機関車のモーガル」は「インドのムガール帝国(1526年〜1858年)」由来説は、

日本語HPでも散見されますが、私は未だ決定的な証拠は見つけてません。

比較的信頼度が高め、という事で、

の冒頭にある、

「got its name from the Mohammedan Empire (India) 」

はムガール帝国由来説に基づいてると思います。

上記HPに依るなら

米国では少なくとも1860年には2-6-0は在った、と書いてありますから、

1860年の2-6-0が「モーガル」と名乗っていたかは別として、

この時代の資料を調べれば出て来るかも知れません。

また世界最初の2-6-0は米国製なのか? も解りません。

インドに売れば、と私が書いたのは単なる仮定であって、

2-6-0機関車がインドに売られたからモーガルと名付けられた、

という理由付けは全く見つかりません。

923名無しの車窓から2016-10-18 06:23:37

>>917

どうもありがとうございました

930名無しの車窓から2016-10-24 12:34:19

樺太のアルコというと、この方のサイトに取り上げられているカマですね

樺太の改軌を取り上げた朝日の記事

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常々疑問だったんですけど、8900を翌年にも12両追加購入したのは何故なんでしょう

他のテンホイーラーより値段が高かったというのに

931鈴木2016-10-24 16:52:16

>>930

>他のテンホイーラーより値段が高かったというのに

しかもアルコは注文主(官鉄)の顔に泥塗るようなふてぶてしさ。

注文主の言う「4-6-0、内火室」を無視して「4-6-2、広火室」で作る、とか。

官鉄の言う事をお客様は神様だから、と真面目にきいたベルリナやノース何とか社は、

「だったら最初から、4-6-2で注文だせよぉ」と言いたくなるんじゃないかな。

しかも、値段は>>930氏の言う通り英独に比べて最高値。

しかもホイルベースが長いから一部の転車台は要作り直し工事。

理由は、

①購入価格が高くても、元が取れるくらいいい物だった。

②三井のゴリ押し。

の二つの推定があると思いますが、私には解りません。

因みに8900が英独の4-6-0に比べて短命なだったのは、

18900の先生格の8900など、消えてくれた方が気が楽だ、という可能性を考えてます。

934名無しの車窓から2016-10-29 10:18:48

>>931

各機関車の価格 (代理店)

8700 ノースブリティッシュ 33,363円 (大倉組)

8800 シュワルツコッフ 27,178円 (イリス商会)

8850 ボルジッヒ 27,387円 (大倉組)

8900 アルコ 37,137円 (三井物産)

(同上 1912年発注分 33,363円)

他に同時発注の機関車

9020 アルコ 39,711円 (三井物産)

(中村尚史著 海をわたる機関車より)

・競争入札にはこのほかボールドウィン(フレザー商会)とベイヤーピーコックが参加した

・正しい競争入札なら価格の安いドイツメーカーが受注を独占すべきところだが、三ヶ国で分け合うという政治判断のためか分割発注となった

・ノースブリティッシュ向けの発注は他の三社より一ヶ月遅かった。このため納期が遅く関税引き上げに間に合わないことが分かっていた

935鈴木2016-10-29 16:35:52

>>934

過熱器無しのノースブリティッシュはもっと安く出来るはずだが、

飛行機の早割切符みたいな物にもれて、値段が高くなったのですかね?

それとも関税値上げ分が上乗せされて高くなったのかしら。

936名無しの車窓から2016-10-30 10:28:07

>>935

この価格に関税は含まれていないようです

ポンドが高いせいかイギリス製品は高品質で高価格、マルクが安いおかげかドイツ製品は高品質で廉価だった・・・?

937名無しの車窓から2016-10-30 11:26:57

>>936

訂正、他の本を合わせて読むと、この価格に関税が含まれているようです

同じ年に汽車会社に発注された8700の価格が32,512円とのこと

(川崎の8850が35,072円)

938鈴木2016-10-30 18:57:29

>>936

そうですか。「英国ブランド」かもしれませんね。

私は車の事など盲目同然だが、今、全く同等の自動車で、

日本製と南朝鮮製があったら、

多分50万円高くても前者を買うと思いますがそういう感じにも思えます。

>>937

汽車製、8700が32,512円

川崎製、8850が35,072円

だとすると、過熱装置の値段は概ね、2,500円みたいですね。

それと

英国製、8700が33,363円

汽車製、8700が32,512円

に関して汽車製、は高過ぎる気がします。

当時の日本の人件費は英国の1/1.5から1/2程度?

或いは、国産機関車工業育成の題目の為に、高値でも買ったのでしょうか。

お蔭様で、値段から色々想像を巡らせました。

960名無しの車窓から2016-11-20 19:13:19

合成梃子がグニャグニャだったのは?

連動大レバー中心軸受けが素人っぽい造りだったのは?

ビッグエンドへの給脂は?

台枠の缶受板が足りないことは?

尻棒廃止して燃焼室設けてとかは?

リードが課題で不発進を引き起こしたのは?

重量過大といいながらC52がそこそこで走っているのは?

962鈴木2016-11-21 00:23:52

>>960

>合成梃子がグニャグニャだったのは?

Alcoグレスレー3気筒合成弁大テコは

アルコ製は平べったく大きい木の葉形を使ってるが、

本家グレスレーの大テコは非常にキャシャです。

Describes Gresley's famous conjugated valve gear as used used on the middle cylinder of his three cylinder locomotives.

>ビッグエンドへの給脂は?

Alcoグレスレー3気筒は初期には車軸中心穴を通して、

主動輪外側から中央クランクに給脂出来るようになっていたが、

末期、4-12-2の時はそれを止めている。

理由は不明ですが。

>リードが課題で不発進を引き起こしたのは?

不発進する場合は、3つの気筒のドレインコックを、

個別に開閉するように改造するのはダメなんでしょうか?

つまり運転手が、圧縮行程中の1気筒だけドレインコックを解放する、という。

そして2気筒だけで、動輪を1/4回転してから、そのドレインコックを閉じる、という。

素人考えですが。

964鈴木2016-11-21 19:46:46

>>962

つまり、3気筒には6個のドレインコックがあるのだが、

その内どの気筒内を開いて1気圧にしてしまえばよいか、は

運転手が判断するのに困難は無いと思うのですが。

リードを一般旅客機関車程度に減らすのは簡単。

合併テコの穴位置を変えるだけだから。

しかし、リード減少改造を、1台くらい試作検証しなかったのだろうか?

963名無しの車窓から2016-11-21 12:07:08

C53連動テコの軽め穴が中央気筒出力過大の原因という高木提督説を信じている人が多いが、坂上先生が軽く一蹴しちゃってるぞ

965名無しの車窓から2016-11-21 20:01:53

>>963

えっどこどこ?

986名無しの車窓から2017-01-06 11:19:32

>>965

C53型蒸気機関車試論 近代技術史における3 気筒機関車の位置付けと国鉄史観、反国鉄史観

http://dlisv03.media.osaka-cu.ac.jp/infolib/user_contents/kiyo/111C0000001-62.pdf

987名無しの車窓から2017-01-06 16:12:28

>>986

非常に面白い

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